記者の心構え

日経の谷島宣之さんのコラムは、取材の仕方や、記事のまとめ方、それにいたる様々な作戦などで参考になるものが多くあります。新年の「記者の目」は、日経のコンピュータ関連雑誌の中の老舗、「日経コンピュータ」の記事を振り返り、歴年の編集や取材について書いています。


この同じ時期にコンピュータをずっと使ってきた僕には、昔の話も「そんな時期あったなぁ」と思い出されて面白いんですが、日経コンピュータの位置づけと、そこにある、以下の「コンピュータ・ジャーナリズム」についてのくだりはなかなか読ませるものでした。


谷島 「あなたが次から次へと雑誌を作ったから、日経コンピュータの位置付けが曖昧になったのではないか」
元編集長 「んなことは関係ないですよ。創刊時から日経コンピュータは特定分野だけを追う専門誌ではないし,入門誌でもない。要は,コンピュータ・ジャーナリズムっちゅうことですよ。その点は昔も今も同じ」
谷島 「ジャーナリズムとは何か。ニュースを書くことか」
元編集長 「ジャーナリズムってえのは新鮮な情報を読者に提供すること。新鮮なら数10ページの特集であってもニュース」
谷島 「新鮮かどうかは誰が判断するのか」
元編集長 「自分ですよ。要は記者本人にどれだけの思いがあるかですよ。編集長だのデスクだの社長など,誰が何を言おうがまったく関係ないですよ」
谷島 「・・・・・・」
「新鮮な情報提供のみがジャーナリズム」、それを判断するのは自分の目だけが頼り。この決然とした態度、見習いたいものです。ちょっと背中を押された感じ。


もう一つ、なるほどと思う記述がありました。谷島さんが日経コンピュータで、時代の変化とともに新しい動きを自分が次々に取材し紹介する中で、次のような傾向に気づいたというのです。

 ここでまた脱線するが重要なことを書く。「○○新時代の幕開け」とぶちかましてから,しばらくして「○○の光と影」とか「○○の落とし穴」という特集を掲載するのは日経コンピュータお家芸である。それぞれの時期の記者はベストを尽くしているのだが,結果としてこういうパターンに陥ることはしばしばあった。
自分もこのパターンは意識してるなぁ、と思いますね。新しいものを紹介するときに、最初からけなさないですからねぇ。体験した人が少ないわけだから、ネガティブなことを端から紹介しても、現状維持がいい、ってメッセージになりますからね。なんでもいいからチャレンジしている人を応援しないと! ある程度時間が経ってから、プラマイを評価し、普及してきたら、知る人ぞ知るワナを明らかにしていかないと。

だから、初物に何でもかんでも批判するのはやめましょうね! まずは変化にチャレンジしている人寄りで行きます! あれも駄目だ、これも駄目だ、だから今のまま行きましょう、じゃつまんないじゃないですか。