物語のちから
大学院で勉強していたときに、人は生きるために物語をもっている、という話をよく聞いていました。日本人の場合、ある時は「富国強兵」、また「八紘一宇」「所得倍増」「学歴神話」などなど。そうした物語が、個人が拠って立つアイデンティティの拠って立つもとになるというような話。そこを書き換えることで人は買われる、ということになり。それに関連して、人事術のような話。「『物語力』を3つの場面で活用する − 行動に駆り立てる、信頼を勝ち取る、価値基準を伝える、2007年4月17日 火曜日(日経ビジネス アソシエ)」(写真は、物語研究の日本の古典、河合隼雄の『昔話と日本人の心』)
世界銀行で働いていた経験のある、Stephen Denning (スティーブ・デニング)さんが、アフリカでの経験などから、物語が仕事上で威力を発揮する話が書かれています。1つは「人々を行動に駆り立てたいとき」。
「95年6月、ザンビアの小さな町に住む一人のヘルスワーカーが、アトランタにある米疾病対策センター(CDC)のウェブサイトにアクセスし、マラリアの治療法について疑問を解決しました。皆さん、覚えておいてください。最貧国ザンビアの、しかも首都から600km離れた町でこうしたことが可能になったのです。しかし、もっと衝撃的なのは、このシーンに世界銀行が存在していないことです。私たちは貧困問題についてあらゆるノウハウを蓄積する国際機関です。にもかかわらず、その知識はそれを必要とする何百万もの人々の役に立っていないのです。もし役立っていたら、と想像してみてください。そうなれば私たちはどんな組織になれるでしょうか。」
この単純な「ザンビア物語」に世銀職員は触発され、インターネットを通じたナレッジシェアリングが行内に一気に広まりました。
一体どこが良かったのでしょう。後から分析して浮かび上がった特徴は2つあります。
まず話が単純です。ザンビア物語にはいわゆる娯楽系物語に必須のプロットや主人公の性格描写が省かれています。細部の省略によって聞き手の中に、自分たちの仕事の現状を思い描く余裕が与えられます。目的はザンビアのヘルスワーカーの詳細を伝えることではありません。「CDCができるなら、世銀だってできるはず。自分たちの持つナレッジを共有しよう」と思わせることが目的です。
次にハッピーエンドです。肯定的なエピソードを置き、「あなたたちの組織もこうなったら、と想像してください」と促すことで、聞き手は行動に駆り立てられます。
要するに、聞き手を行動に導くためには、(1)肯定的なトーンを持ったシンプルな話、(2)聞き手各人に「自分たちもできる」と思わせる仕掛け――が重要です。このタイプの話を私は「スプリングボード(跳躍台)ストーリー」と呼んでいます。
というわけ。
(1)行動に駆り立てる、のほかに、(2)信頼を勝ち取る、(3)価値基準を伝える、(4)協力を促す、(5)流言を打ち消す、(6)知識を共有する、(7)人々を未来に導く――を、物語の効果として、デニング氏は挙げています。「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌2004年5月号「Telling Tales」、日本語版では2004年10月号、特集:提案力のプロフェッショナル「人々の想像を刺激するストーリーテリングの力」スティーブン・デニング (前世界銀行 プログラム・ディレクター)。
そういえば、80年代に銀行で債権売ってたときも、単に「理論的に」利率がいいだけじゃない「ストリー・ペーパー」が売れるんだ、と言ってましたとさ。例えば東京ディズニーランドの将来利益を債権にしたものとか。やっぱり物語は、人を行動に駆り立てる、のは間違いないし、宗教家よりも、ビジネスマンの方がそういうことを利用するのが上手いのかなぁ。金儲けだけじゃなくて、尊敬できる宗教家や教祖の「物語」を自分の人生の「物語」に組み込むことができるというのも、「幸せ」のために大事なことだと思うのですが、それを上手く導くことができるのって、宗教家にとって大切な役割だと思われます。