やっぱり、記者コラム(ブログ)を書きたい・・・

quelo42008-04-17



 記者ブログを書きたいとつねづね思ってるんですね、本紙サイト上に。記事に各部分というのは、取材の70%の時もあれば、ひどいときは20%くらいの時もままあって、こぼれ話には過ぎないんだけど、けっこう行けてる話も、残ってんですよねぇ。記者コラムがあれば、そういうの拾えて、それほど「楽屋落ち」じゃなくても、外部の人が読んでもそれなりにおもろい話が出てくると思うんですけどねぇ。(=写真は下のエントリー、横山哲也さん


 で、記者ブログがあるといいなあ、という記者から独立した人のエントリー。(「2007年10月12日、記者発「雑誌に書けない社長取材日記ブログ」の潜在力、久米信行」

■本来ブログで読みたいリソースは「記者」こそが持っている


 中小企業経営者という仕事柄,ありがたいことに新聞・雑誌記者のみなさんから取材を受けることがよくあります。お会いすると,多くの方が「聞き上手で書き上手」です。だからこそ,雑談をしていても「とても楽しいひととき」を過ごすことができます。すなわち記者という職業柄,既に優れた「ブロガー気質&体質」を兼ね備えているわけです。
 また,既に取材をする時には,取材先のブログを読んでから訪ねるということを,当たり前に実践されている方も少なくありません。ブログを通じて,取材だけではわからない「素顔」を知ることができ,親しくなるために好適なメディアだと直感しているからでしょう。
 そこで,ここ数年間は,取材の最後に「記者ブログを書いたらいかがですか?」とお勧めをしてきました。記事には書けない,あるいは書かない「取材の裏話」や,記者の目から見て「ふと気づいた面白いこと」こそ,ブログの題材にぴったりだと思ったからです。しかし,多くの記者が「ブログ」を書くことには難色を示すか,障害が多いと繰り返したのです。

ああ、やっぱりみんな同じように感じてるんだあ、と思った次第。しかし、同じように思っているのみ、みんな同じように実現できない。それには共通した困難さがあるのよ・・・

■記者が思い通りにブログを書けない構造的な理由


 たしかに,その理由を聞きますと「なるほど」と頷ける点もあります。
1)所属する企業がブログを書くことを許さない
 「ネットは新聞を殺すのか」という本まであるように,新聞や雑誌にとってインターネットはライバルでもあります。無料で個人が情報を発信するブログも「目の上のたんこぶ」でしょう。それを社内の高給取りの記者が,それも会社の名刺と経費で行った取材の内容について,自社メディアよりも速く面白く書くとなれば「許しがたい」と思う経営陣や幹部がいても仕方ありません。

2)日々締め切りに追われて,もはや書きたくない
 新聞にせよ雑誌にせよ,記者は常に締め切りに追われ,同時に新たな企画も求められています。自分で自由にできる時間ぐらいは「パソコンから離れたい」「頭を使いたくない」「わざわざ文章を書きたくない」のが本音だという方も,実は少なくありませんでした。

3)お金にならない文章は書きたくない
 これは,記者に限らずフリーライターの方からもよく聞くお話です。ブログは原則として,無料で書いて無料で読んでもらうメディアです。なんで,今さら「タダで文章を書かなくてはいけないのか」と感じてしまうそうです。

4)完成度の低い文章は書けない重圧
 プロの記者だとわかればブログを読む側の目も変わってくるでしょう。聞きかじりの不確かな伝聞や,誤字脱字もご愛嬌の「多くの素人ブログ」とは訳がちがいます。やはりプロたるもの,ニュースソースも確かで,文章力に富んだ文章を書かねばと思うと,ブログ的気軽さから,どんどん遠ざかってしまいます。

5)自分の主観を思いきって書けないジレンマ
 記者たるもの,やはり客観的な事実の積み重ねが大切で,うかつな憶測記事はかけません。また所属するメディアの論調や編集長・デスクの目も気にすることでしょう。しかしブログで面白いのは「その人ならではの主観」であり「素直な喜怒哀楽の感情」なのです。「誰が何と言おうと私はこう思う」と公言したくても公言できない環境にずっといた人には,ブログはつらいようです。


 どれも分かるなぁ〜ですが、何と言っても(1)が問題。これ、記者に限らず、組織の中にいる人であれば、どんな業種であって、けっこう同じジレンマなんじゃないでしょうか・・・うまくいかないもんですね。


 で、実名ブログのいいとこ、悪いとこを、冷静に書いてます。(「2008年04月16日、実名ブログの功罪、横山哲也」

 確かに,面識のない人にメールだけで会ってもらうのは困難です。自分という人間や仕事の内容を理解してもらうのに実名ブログは有効でしょう。実名ブログは自己紹介をするのに非常に効果的な手段だからです。
 ここでいう「実名」は本名という意味に限定しません。個人を特定できるユニークなIDという意味です。もちろん,同姓同名がいるので,厳密にはユニークではありませんが,私のブログを見てNHK長野放送局の横山哲也さんと誤解する人は少ないでしょう。


 私自身,実名で仕事をして随分得をしたことがたくさんあります。たとえば,勤務先のグローバルナレッジネットワークの創業期,当時のNifty Serveのフォーラムで多くの投稿をしたことで,私個人と会社の知名度はかなり上がりました。実際に具体的な案件に結びついたこともあります。また,多くの情報を発信する人には他からの情報が集まりやすいという特性もあります。
 だから,仕事の話をするのであれば,実名(または固定したペンネーム)でブログを書くことは,積極的におすすめします。でも,匿名だからこそできる活動があることも確かです。


 例えば,実名ブログを使って業界の裏話的なことを書くのは困難です。場合によっては職を失うか,良くても取引先を失います。IDGジャパンの月刊誌「Windows Server World」には「暗黒のシステムインテグレータ」という人気連載があります。これなどは匿名記事でしかできない例でしょう。
 そういえば,同誌には,かつて「覆面座談会」というコーナーがあって面白かったのですが,参加者の素性がばれて連載が終了したという噂も聞いています。要するに,実名で書いた方がいいこともあるし,匿名の方がいいこともあるということです。
 もっと深刻な問題も起きています。イラク人質事件の高遠菜穂子さんを擁護した(といっても,全面的に支持したわけではないのですが)あるジャーナリストは,実家に石が投げ込まれたそうです。本人だけならともかく,家族にまで被害が広がるというのは恐ろしいことです。社会的な問題に踏み込む場合は,匿名もやむを得ないでしょう。


 しかし,こうした制約や問題はあるものの,一般論として言えば,自分にとってメリットがあるのは明らかに実名ブログです。マイクロソフトを擁護しようが悪口を書こうが,石を投げられることはないでしょう。また,匿名ブログの場合,読んだ人は得しますが書いている人のメリットはほとんどありません。特に,現実世界でのメリットを求める場合は匿名ブログでは無意味です。まあ,害にはなりませんし,読んでいる人は喜んでくれるでしょうから,そこで満足できるなら構いません。好きでやっていることにとやかく言う資格は誰にもありません。


 というわけで、わたしたちは実名で書いたからといって、暗闇でおそわれるような恐ろしい取材はまずしないので、じゃんじゃん実名でいきましょうや。その方が、責任も取れるし、実のある交流が生まれて、記事にも厚みが出ると思うんだけどなぁ。零細紙だからこそ、ネットの力も利用して、コンタクト層を広げていければなあ・・・であります。もちろん、会って話さないと、なかなか分からない、という面もあるんですけど。そこは、相手もブログを書いていてくれれば、「あ〜こういう人ね」と早くから分かりますね、そういえば。名刺代わり、と、ブログを呼んでいた人、そういえばいましたっけ。