進化政治学、という考え方

quelo42009-06-29



 現実の状況に沿った、「民主主義」の困難さを率直に表現した話です。現代の政治学はこういう風に進歩しているのだな、と思わされます。合理的に考えれば「投票はしない」【第1講】民主主義が機能しない理由、森川 友義
 まず、人々が政治に関心を向けない、投票にも行かないのは「合理的選好」だという話。

 何しろ、私たちは政治リテラシー(政治に関する知識)が低い。研究の一環として、有権者の政治リテラシーに関する調査を繰り返してきましたが、高いという結果を得たためしがありません。特に35歳未満の政治リテラシーのなさは、目を覆いたくなるほどです。
 これも仕方がないのかもしれません。ヒトは「何もしない」を選ぼうとしますから。
 衆議院は4年に1度、参議院は3年に1度が選挙の原則です。そのために、ヒトは必要な知識をため込もうとはしません。仕事や育児、趣味など、常日頃から接している出来事に関する知識を増やすので手いっぱいですから。政治は、どうしてもなおざりになってしまう。
 これを政治学では、「合理的無知仮説」と呼んでいます。私たちは遺伝子レベルにおいて合理的に判断し、その結果として政治リテラシーの無知状態に入っているのです。
 さらに、有権者は選挙も棄権する傾向にあります。これも「何もしない」ことが、最良の選択と判断するためです。

 しかしそこは学者、ヘタなマスコミのように、現状を嘆いて、絶望して見せて、自分はかなり安全かつ高給な地位に座って終わり、とはしない。人々をどう動機づけるかを考えつつ、提案していきます。これからが楽しみな連載。

 このように、国会議員、特別利益団体、官僚は、あたかも「鉄のトライアングル(Iron Triangle)」を形成しているかのようにがっちりとした協力関係を作っています。本来ならば、私たち有権者が最も権力を持つ政治アクターであるはずですが、戦後の我が国の政治では、国会議員、特別利益団体、官僚の三者がお互いを補完しつつ、予算や法律を通じて利益を分け合うシステムを作り上げています。
 この状態が良いか悪いかの規範の論議はひとまずおいておいて、民主主義制度という仕組みと、私たちの遺伝子の仕組みとの間の帰結としては、不可避なものと言えるかもしれません。日本のみならず、民主主義制度を採用している国ほとんどすべて、多少の誤差はありますが、このような政治状況が創出されています。


 現状を変えるにはどうしたらいいのか? それこそが政治の役割です。進化政治学が提案する改革のポイントは、遺伝子レベルでの欲求の流れを変えて、民主主義の理想に近づくような政治制度を作るという点です。例えば、投票所で定額給付金を配って、選挙に参加するインセンティブを高めるといった方法が考えられます。そうでもしなければ、ヒトは「何もしない」のです。