人民元と報道

quelo42005-09-21



ちょっと長い引用になるんですが、僕らの取材して書く、という作業について、大変示唆に富む話がJMMに載っていて、いつもの通り、バックナンバーを読めないし、今回、はしょるとわかりにくい経済の話がさらに難しくなると思われるので、以下、三菱証券 エクィティリサーチ部チーフストラテジストの北野一さんの話を、全文引用させていただきます。


今回の村上龍編集長からのQは、「先週中国が人民元を2%切り上げ、固定相場制を廃止しました。今後、どのような推移を予想すればいいのでしょうか」です。

人民元改革が発表されてからちょうど1週間が経ちました。改革のポイントは、次の5項目でした。(1)7月21日より、市場の需給に基づき、通貨バスケットを参考に調整した管理フロート制を導入する。(2)中国人民銀行は、毎営業日、為替市場が閉じた後に終値を発表し、翌日の中間レートにする。(3)7月22日の中間レートは、1ドル=8.11元とする。(4)米ドルの対人民元の変動幅は、中間レートの上下0.3%以内にとどめる。(5)中国人民銀行は適当な時期にレートの変動幅を調整する。


このなかでは、人民元が対ドルで2%切上げられたこともさることながら、「通貨バスケット制」が採用されたことをメディアは大きく報じておりました。2%という小幅の切上げよりも、通貨制度の変更にニュース・バリューがあると判断したのかもしれません。しかし、この1週間の中国人民銀行の仕振りを見ていると、結局、1ドル=8.28元が1ドル=8.11元に変わっただけではないか、と思います。「通貨バスケット」というものは、ある種の目くらましで、実体は対ドル固定相場が、水準をやや切上げて存続しているということです。


例えば、読売新聞などは、通貨バスケット制を次のように解説しておりました。「中国が選んだバスケットの中身はドル40%、円とユーロが30%ずつとする。ドル安で、ドルが円に対して10%、ユーロに対し5%それぞれ下落したとすれば、バスケットの中身は、104.5に増えた計算になる。この指標の変化は人民元の対ドル相場も4.5%高くなるべきであることを示している」。要するに、30×10%(ドル円)+30×5%(ユーロドル)=4.5%ということです。


本当にそういう運営がされているのか、実際の相場で試して見ましょう。7月26日のドル円相場は前日比0.6%のドル高円安でした。ユーロドル相場は0.2%だけドル高ユーロ安になりました。仮に、先ほどの例のとおり、円とユーロの構成比が30%だとすると、人民元・ドル相場は、30×0.6%+30×0.2%ですから、0.24%ドル高人民元安になることになります。25日の終値は1ドル=8.1097元でしたので、0.24%のドル高人民元安だと1ドル=8.129元になります。しかし、実際の26日の終値は8.1099元でした。


むろん、答えが異なるのは、円とユーロの構成比が30%ずつという想定がそもそも間違っているからでしょう。では、正しい通貨の構成比は何か? 四捨五入すると、毎日、1ドル=8.11元になるこの1週間の運用を見ていると、通貨バスケットの構成比として正しいのは、おそらくドル100%というものです。バスケットといっても、中にはドルしか入っていない。そうなると、通貨バスケットに移行したのは、「米国以外の国々や地域との経済関係を反映した判断だ」(読売新聞)というのも、話半分以下に聞かねばならなくなります。


一方、日経新聞は、23日の朝刊一面の囲み記事に、「ドル基軸『終章』の予兆」という見出しを掲げました。これも果たしてそうなのか、私は疑問に思っております。何よりも、日経新聞自身、ドル基軸から抜けきっていない。22日の朝刊の大見出しは「人民元2%切上げ」でした。見出しという性格上、字数に限りがあるからかもしれませんが、この見出しには、人民元切上げの対象が書かれておりません。言うまでもなく、対ドルで2%切上げられたのですが、対象を明記しなくても、誰でも対ドルだと理解できることが「ドル基軸」の所以だと思います。なお、年初に1元=12.4円であった人民元・円相場は、7月21日の1元=13.6円まで、約10%「切上げ」られておりました。むろん、人民元・ドル相場が固定されているなか、ドル円相場が約10%ドル高円安になっただけのことですが、「人民元10%切上げ」はニュースにならない。


今回の新聞報道を見ている、「中国の小さな一歩は、やはり世界経済にとっては意味のある大きな一歩だ」(日経新聞)的な、スタンスが色濃く出ておりますが、「小さな一歩だ」と思うなら、1週間で馬脚を表すような予断を交えずに、ただ「小さな一歩」であると報道するのも見識だろうと思います。例えば、元財務官の溝口善兵衛氏は、「実はドル連動と何ら変わらない」とコメントされておりましたが、これを紹介する際に、日経新聞は「……との冷めた見方も出ている」と付け加えました。溝口氏は、冷めているのではなく、ただ、正しかったのです。それに比べて、通貨バスケットを喧伝した新聞報道が熱すぎた。紙面の面積と報道内容に不釣合いがあったなら、紙面を削るべきで、内容を膨らませるのはおかしいでしょう。


なお、「通貨は多極化する」との相場観が多いように思いますが、むしろ地球が実質的に狭く小さくなるにつれ、通貨は一つに収斂しようとしているように私は思います。一つの証左は、米国の経常赤字が6%台になっても、世界経済の混乱が見られないことです。むろん、将来的に大きな破局が待っているのかもしれませんが、10数年前には、想定できなかった事態です。何故、ドルが暴落しないのかといえば、単純な話、かつては想像出来なかったほどの資本が米国に流入しているからです。では、何故、米国に流入するのか、グリーンスパン議長の仮説は、世界の垣根が低くなり、我が家と他所の家の区別が薄れて来たから、というものです。要するに、お金の世界では、世界が一つになろうとしているということです。


こうした一極集中シナリオに対して、ユーロの誕生、あるいは宗教・民族をベースとする対立激化など、反証は幾らでも上げることもできますが、それらも、結局は、一極集中トレンドに対するカウンター・アクションなのではないか、という気が致します。

数字を扱う経済部や、とくに新聞社全体が経済部のような日経の場合、数字を丹念に検証することは必要で、それでも分からない時は、以下に信頼できる専門家の先生たちとコネをもてるか、じゃないかと思います。北野さんが、真ん中下あたりに、「予断を交えず」と書いていますが、まあ、記事を書く時には必ず自分の「予断」からしか書けないものですので、これは仕方ないことです。ただ、その予断には不断の見直しが必要だと、肝に銘じる話です。


こんな、大間違い記事書いちゃったら、ちょっとまずいよなぁ!