子どもの宿題でググる!

quelo42006-09-07



子どもの夏休みの宿題をしていて、母親も迷ってしまったときに何でもグーグルで探してみせると父さんの威厳が高まった、という記事が日経に出てました。鈴木 貴博「『ググる』子供と、『ググれない』子供」 日経BP2006/8/30公開


うちでも同様に、子どもが結構訳の分からない問題をといていたりするもので、「イネ科の●●という植物の花は完全花か?不完全花か?」・・・知るかそんなこと!でありますが、google で出てこないものはありません。その花の写真から図解から何属するかといった分類、ラテン語名でも何でもかんでも出てきます。「でも、ネットの信頼性が・・・」という声は常にありますが、たくさん見ればだいたいの信頼性は類推できます。(そういえば、これは哲学の「正当化問題」とも関わる、結構重要な問題かもしれません、「基礎付け主義」では所詮うまくいかない、「信頼性原理」でいこう!的な部分がネット上でもあります)


で、上のように、子どもでもググれる子とググれない子では差がついていく、今時ググれなくっちゃ、的要素は多々あり、私も結構筆者に賛成です。

 親が子供を塾に通わせているかどうかでまず差がついて、そのうえで家で子供が「ググれるか、ググれないか」でさらに差がつく。答えを調べて暗記するのであれば、問題集の解答欄よりもグーグルの方が能率がずっとよいからである。


 二極化をどう解消していくのかは、正直なところ行政に任せたい問題だ。一方で「ググる」ことができる年代になったら、子供に「ググらせる」方がいいのか、「ググらせない」方がいいのか?


 僕個人としての考えでは、小学校6年生になったら、どんどんグーグルは使わせた方がいいと考えている。少なくとも、娘やその同級生の世代が大人になるころには、インターネットと英語は必須の世の中になっているはずだ。しかも、インターネットの“世界”は危ないことが多い。だから、早いうちから親の監視下で、良いことも悪いことも経験させておいた方がいい。
 実際、娘専用のパソコンには、早くも怪しげなメールがたくさん届くようになっている。何をすると何が起きるか──実際に体験させながら、自分の身を守る方法を教えていかなければならない。
 いずれにしても、うちの娘は既にパソコンとインターネット、それにケータイ世代に突入してしまっている。そうである以上、「ググれる」子供に育つようにしていくのは、親としての役目なのかなと思う今日このごろなのである。

自分もネットを駆使して記事書いてる以上、私としては、うちの小6にもどんどん自分で調べられる力を身につけてほしいものです。確かに、ネット上でエンパナダ(アルゼンチンのミートパイ)の作り方から、サリン(言わずと知れた)の作り方まで、ありとあらゆる情報があると思いますが、それがない時代に生きているわけではないので、砂に頭をつっこんでいるダチョウのようには生きていけないですね。